「青年失業家・田中泰延さんに聞く!『自分が自分のクライアントになるために』」

開催日:2017年6月28日(水)

初開催から1年、いよいよ5回目となった今回のゲストは、ウェブメディア『街角のクリエイティブ』でのとっても長い映画評論をはじめ、たくさんのファンを持つコピーライター・田中泰延さん。昨年末に24年間勤めた電通を離れたひろのぶさんですが、どのような想いでライター活動を続けていらっしゃるのか? 第2回目のゲストで、コピーライター&映画監督の吉川信幸さんとともに、お話をお伺いしました。

文・西道紗恵(parks)

 

profile

田中泰延さん(元広告代理店勤務 コピーライター/CMプランナー)

1969年大阪生まれ 株式会社 電通でコピーライターとして24年間勤務ののち、 2016年に退職。ライターとして活動を始める。 世界のクリエイティブニュース「街角のクリエイティブ」で連載する映画評論「田中泰延のエンタメ新党」は100万ページビューを突破。

【聞き手】 吉川信幸さん

コピーライター・クリエイティブディレクター・映画監督。株式会社アド電通大阪を経て、現在富士ゼロックス株式会社にて、主にダイレクトメール等の企業販促の企画・コピーライティングに従事しつつ、休日は映画監督として映画製作に取り組む。

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“無職”もとい、“青年失業家”。

自身を“青年失業家”と名乗り、今は“無職”でライター活動を続けていらっしゃるひろのぶさんをゲストにお招きした今回のモノカキモノ会議。イベント告知と同時に、即チケット完売、キャンセル待ち続出という、史上最速で満席を記録しました!ありがとうございます!

ライター業関係なく、ひろのぶさんファンの方々にも多くお越しいただき、なんと東京から来られた方もいらっしゃいました。ひろのぶさんパワーやばし!

ちなみに、なぜ“青年失業家”と名乗るようになったのかは、『街角クリエイティブ』のコラム『ひろのぶ雑記(無職のタナカです)』に書かれてあるので、そちらをご覧ください。

そしてイベント当日、ひろのぶさんと名刺交換をした時に、名刺にもきちんと“青年失業家”と肩書きがあって、「ホンマに書いとるやん」と思わず吹き出してしまいました。すみませんでした。

では、笑いあり、脱線しまくりの2時間のトークから、印象的だったエピソードをご紹介します。

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細部まで原稿のイメージを練り、2時間で書き上げる。

まずは、ひろのぶさんが映画や音楽、本などのエンタテインメントを紹介する連載コラム『エンタメ新党』のお話。話があちらこちらへと脱線しながらも、最後まで読む人たちの心を惹きつけてやまない、ひろのぶさん特有の長文レポートは、どうやって書かれているのでしょうか?

*   *   *

ひろのぶさん「僕が原稿を書く時は、ちょっとずつ書き進めることはないんですよ。書くのは最後の2時間。7000字一気に筆写するだけ。それまでは、タバコ吸ったり寝たり、お風呂入ったり、また寝たり(笑)」

吉川さん「すごい。本当にギリギリなんですね」

ひろのぶさん「そう。『あと2時間しかない!これもう終わりや』という時に、それをリミットとして頭の中にできてるイメージを筆写するんですね。その中でちゃんと、いわゆるエビデンスがいるものはしっかりと調べます。ただ文章自体は途中で書いてしまうと、たとえば締め切りの3日前に書くとすると、もう書いたからいいやって考えるのをやめてしまうんですよ。だからぎりぎりまで考えたほうがちょっとマシになると思って、最後まで手を動かさない。これがものすごく相手からしたら迷惑なんですけどね(笑)」

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まず驚いたのが、原稿を書き始めるのが締め切りの2時間前ではなく、公開の2時間前だということ。ふだん、クライアントワークをされている方にとっては、あり得ないスケジュールですよね(笑)。

新卒で現職のコピーライティング事務所に所属し、ライター歴3年目の私。

後日、この“ひろのぶさん流記事執筆方法”を上司に伝えたところ、「お前はマネするなよ」と言われました(笑)。はい、やりたくてもできません、書けません。現に、このレポートを書くのに数週間かかっていますから。

この話題の際にひろのぶさんがコラムの例として挙げられたのが、「ベートーヴェン『第九』【連載】田中泰延のエンタメ新党」。

いまや師走の風物詩となった「サントリー1万人の第九」のあれです。この曲、正確にはルードヴィッヒ・ヴァン・ベートーヴェン作曲『交響曲 第九番 ニ短調 作品125』と言いますが、交響曲の意味から、楽章ごとの特徴、合唱の歌詞まで、初心者でも分かりやすく、かつおもしろく書かれてあるんですね。この曲は1時間もある超大作なんですが、ぜひコラムを読みながら曲を聴いてみてほしい!例のごとく、コラムも長文なんですけど、読者のことを考えた言葉選びとリズムで、内容が曲と合わさってすんなりと入ってきます。

*   *   *

吉川さん「この記事もまた長いですよね」

ひろのぶさん「これは9000字です。長い。途中で大阪弁の翻訳とか入りますから」

吉川さん「(画面をスクロールしながら)ああ、この部分ですね!」

 

O Freunde, nicht diese Töne!
Sondern laßt uns angenehmere
anstimmen und freudenvollere.

おお、友よ、こんな音ちゃうねん!!
歌おうやないか!!
もっと喜びに満ちた音を響かせようやないか!!

(以下、詳しくは「ベートーヴェン『第九』【連載】田中泰延のエンタメ新党」へ)

 

ひろのぶさん「これ書いた時は、僕が36、7の時。恐れ多くも、その時の指揮者があの佐渡裕さんで、読んでくださいって言ったんです。ひどいでしょ、そんな偉い人に(笑)。今はベルリン・フィルの指揮者ですよ。そしたら、読んでおもしろいって言ってくださって。それから5年ほど、第九のCMは佐渡さんにつくれって言ってくださって、つくったんです」

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あらゆる知識を混ぜ込みながら、好きなものを書く。しかもそれが、世界を代表する指揮者から認められ、あたらしい仕事が生まれていく…ひろのぶさんやべぇ。

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コピーは、愚直に、シンプルに。

真面目に、広告コピーについてのお話も。私が生きてきた年数分(今24歳です)、電通で勤め続けてこられたひろのぶさんだから、きっとコピーの書き方にも自己流があるのだろうと思っていたら、それはそれは、とってもシンプルなものでした。

*   *   *

ひろのぶさん「まずは商品のまわりのことを、愚直に書いていくしかないんですよね」

*   *   *

私はこの言葉を聞いて、西村佳也さんが書かれたサントリー山﨑「なにも足さない、なにも引かない。」というコピーを思い出しました。

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ひろのぶさん「僕が最初、電通入った時に言われたんですけど。たとえば、赤くて甘いりんごがあるとするじゃないですか」

吉川さん「はい」

ひろのぶさん「じゃあ、これのコピーを書いてみろってなった時にどうします?」

吉川さん「いろいろな周辺情報を探したくなりますよね」

ひろのぶさん「でもね、『赤くて丸い甘いりんご』から離れたらダメなんですよ。いきなり、ニュートンがとか、アダムとイブがとか、余計なお世話なんですよ」

吉川さん「一番の価値をきちんと伝えるってことですね」

ひろのぶさん「そう。『赤くて、甘くて、おいしいりんご』って言ったほうが、絶対に売れるんです。これは本当に気をつけたほうがいいことで。広告コピーを書いてみようって思う人は、どこかで違うアプローチをしてしようとしてしまう。それは、危ないですね。まず、正面からいったほうがいい」

*   *   *

え、それでいいの!?って思ってしまうんですが、その例として、ひろのぶさんがプランニングを担当された株式会社MonotaRO(モノタロウ)のCMを見せてくださいました。

♪モノタロウ〜モノタロウ〜工場で使う〜消耗品を〜ネットで注文〜モノタロウ〜

「知ってる!」「聞いたことある!」という方も、多いのではないでしょうか?会社の事業内容を、そのまんま、フレーズにしてメロディつけて、歌っている。それだけのCM。とってもシンプルなんです。

(実は、歌を歌ってるのも、ひろのぶさんなんだとか。)

 

CMって、それでええんや!って思ってしまったんですけど、究極的に分かりやすくて、しかも内容がスッと入ってくるんですよね。実際に、私もこのCMをテレビで見たことがあって、フレーズとメロディを無意識のうちに覚えていたんです。

いろいろ装飾を施すことはせず、商品のありのままを、素直に、そのまま伝えてみる。明日から、コピーを書く時に意識してみたいと思います。

 

無関係なもの同士を結びつけることで、思考がはじまる。

正直に商品のことを書いてみるという方法のほかにも、コピーの書き方を教えてくださいました。

*   *   *

ひろのぶさん「正面からいかない唯一の方法は『好きをくっつける』です」

吉川さん「お、これはどういうことでしょう?」

ひろのぶさん「たとえば、りんごと関係ないけどもカーペンターズを好きだと思ったら、カーペンターズの話をして、りんごへと移していく。無関係な者同士をくっつけるということです」

吉川さん「全く関係なくていいんですか?」

ひろのぶさん「これ、すごく大事なんですけど、人間って関係のない2点を結びつけることが、話すことの基本なんですね。『崖の上のポニョ』とか、『戦場のメリークリスマス』とか。つまり、2つのことを結びつけて、それはなんでやと説明していくのが大事なんです」

吉川さん「確かに気になりますよね、組み合わせが意外だとその理由が」

ひろのぶさん「だから最初に、戦場のメリークリスマスと提示してしまう。それはなんでやと述べていく」

吉川さん「では広告コピーを書く時の1位は、赤くて丸くておいしいりんご。それから2位は」

ひろのぶさん「好きをくっつけること。ランク外は、りんご周辺の変な角度からもってきた知識を披露すること。広告に関してはね」

*   *   *

「戦場」と聞いて、「クリスマス」を連想する人は、恐らくほぼいませんよね。その、つながりのない、異色なものをくっつけることで、違和感が生まれる。

「戦場のメリークリスマスって何?どういうこと?」

そこで初めて思考がはじまり、人が興味をもち、中身を知りたくなる。そういう仕掛けなんだそうです。

私は勝手にこれを、“戦場のメリークリスマス法”と、名づけることにします。このお話を聞いていて、私は吉川さんがゲストとしてお話された時の、「日常にあるおもしろいものと組み合わせる」というアイデア発想法を思い出しました。

コピーを書く時も、デザインを組む時も、アイデアを発想する時も。何かと何かを組み合わせるということは、大きなヒントになりそうです。


Webライティングから、広告コピーの書き方まで(このレポートには書けないような丸秘話も!)、紆余曲折を経ながらも筋の通ったお話をしてくださった、ひろのぶさん。

近年は、Webメディアもたくさん立ち上がって、いろんな場所で「ことばを書ける人」が求められている。書きたい欲を抱いている人が、ものを書いて、発信しやすい時代になっている。日々、クライアントワークでモノカキをしている私ですが、自分の好きなことで、好きなように、もっと発信していこう。その気持ちにはずみをつけてくれた2時間でした。

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懇親会では、ひろのぶさんが“本編”ではなく、がっつり7000字の“あとがき”を執筆された書籍の販売会&サイン会も(笑)。私もばっちりサインいただいちゃいました☆

 

次回のモノカキモノ会議は、8月18日(金)。単身でベトナムへ渡り、ベトナム紹介ウェブメディア「べとまる」を立ち上げ、数々の賞を獲得するまでに育て上げたネルソン水嶋さんです。ただ今、参加受付中ですので、この日お会いできなかった皆さまも、ぜひお気軽にお越しください!

 

イベント内容はこちら!

【参加受付中】

「ネルソン水嶋の『絶対になってはいけない(でもなってほしい)海外在住ライター話』」