「田中有史さんに怒られるふたり」

開催日:2016年5月25日(水)

広告コピーを書くひと、エディトリアルに携わるひと、Webライティングをするひと、ソーシャルな課題を伝えるひと……。『仕事の中心に「言葉」を置くひとたちの集まる場所をつくりたい』、そんな思いではじめたのが『モノカキモノ会議』です。今回はその一回目として、数多くの広告賞を受賞し、関西のコピーライター界を牽引してきた田中有史さんのお話を、ソーシャル領域の広告を多数手がけるコピーライター・山中貴裕さんとともにお伺いしました。

profile

田中有史さん(田中有史オフィス)

コピーライターとしての仕事に加え、近年はクリエイティブ・ディレクターとしてブランドディレクションに関わる案件を多く受注。その分野での代表的な仕事は「菊太屋米穀店」と「神戸親和女子大学」。それぞれ、ブランドイメージを確立するとともに、売り上げや事業の拡大、志願者の大幅増に貢献している。現在は、「京都錦 冨美家」「スタシアカード」「船場 日の本寝具」「阪神百貨店」「阪急デリカ」などにも深く関与。過去においては「京阪電車(おけいはんキャンペーン)」、「あしや本竹園」、「FM COCOLO」、「神戸市立須磨水族園」「日本ハム」「川崎重工」などがある。 宣伝会議「コピーライター養成講座」の講師を長年務めるほか、神戸親和女子大学の客員教授も務めている。その他、講師歴多数、各種年鑑掲載多数。

[これまでの主な仕事]
阪急百貨店「歳暮中元」キャンペーン/SHARP「世界の太陽光」シリーズ/京阪電車「おけいはん」キャンペーン/京阪電車「中之島線開業」キャンペーン/梅田茶屋町「NU chayamachi」ネーミング+オープニングキャンペーン 「NU chayamachi+」ネーミング他多数

山中貴裕さん(うたみな)

立命館大学在学時に準朝日広告賞。2000年より13年間、広告代理店大広に勤務。朝日放送、追手門学院、関西電力、ダイキン工業、パナソニック、積水ハウス、大日本除虫菊などの広告企画制作を担当。2004年からTCC会員。2011年に佐治敬三賞を受賞。

[これまでの主な仕事]
ハリマ食品「癖になるカレー」商品デザイン/日本特殊畳「柔道部物語」商品デザイン/マックス石鹸「素あわ」商品デザイン/滋賀県観光ブランディング/大阪府大東市ブランディング/福井県あわら市ブランディング映像/「コンテンツの企画制作による社会貢献」を主軸に、カルタやアプリや教育アニメや車や映画などの企画も。

report1

田中さんは、嘘をつかない人

今回、田中さんをゲストに迎えるにあたって考えたイベントタイトルは「田中有史さんに怒られるふたり」。言葉のヒントにしたのは、主に宣伝会議コピーライター養成講座で田中さんの講義を受けたことのある知り合いたちからの田中さん評でした。

「扉を開けて、最後に部屋を後にするまで怒っていた」 「笑っている顔を見たことがない」 とにかくみんなが口にするのが「怒の人」だったのです。

しかし、この日お話をお伺いして、このタイトルは間違っていたのかも。そんな風に思いました。
僕の、とても個人的な感覚で言えば、田中さんは怒っているのではなく、どこまでも正直な人。それはアイデアの良し悪しに対しても、仕事に向き合う姿勢に対しても、そしてご自身に対しても。また、相手が自分の講義を聴きに来た生徒やクライアントの社長であっても。間違っているから、間違っている。気持ち悪いから、気持ち悪い。そんな正直な想いを、とても真っ直ぐに伝える(伝えようとしている)人。そして、そこまで正直な人は、今の世の中でとても少ないので、周りからは怒っているように見える。そんな風に思えました。

お話いただいた中から、特に印象に残ったエピソードをいくつかご紹介します。

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つづけることこそ「ブランディング」。

ひとつめは、企業が、そして我々制作者の多くが「ブランディング」の定義を勘違いしているということ。
「ブランディングが得意という会社があったりしますが、そんなの嘘。企業がブランドを築く方法はたったひとつ、それは継続することほかないんです。イメージ広告をすればいいとか、見た目をきれいにすればいいとかの話ではない。ひとつのメッセージを長く発信しつづけてはじめてブランドは確立されます。消費者に届く前にコロコロとメッセージを変える企業に、ブランドを築ける訳がない」(田中さん)
そのために大切なのが、その企業固有の強みをきちんと見つけること。そして、コピーライターは何年経っても錆びない、耐久性のあるコピーをつくること。田中さんはそのために時には今でも何百のコピー案を作成することもあるそうです。
「とにかく自分の中で違和感が取れないうちは、書きつづけるようにしています」(田中さん)

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商品パッケージ自体をメディア化。

ふたつめは、田中さんがブランドマネジメントをしている菊太屋米穀店のお話。田中さんが関わりを持つ前にもロゴマークがあり、綺麗な和紙で包まれ、百貨店で販売されていました。しかし、限られた予算でさらに売り上げを伸ばすには何かを変える必要がありました。田中さんは依頼を受けてから、約半年、毎日百貨店のお米売り場へ通ったそうです。そして、ある日気がついたとおっしゃられました。 「毎日1万人がこの売り場の前を通るとするなら、ひと月で30万人。ちょっとした雑誌よりも多くの人の目に触れる。それならここに並ぶ商品のパッケージを媒体にしない手はない。『今あるデザインをすべて止めて、50種類以上ある商品一つひとつに生産者の名前やこだわりを表現したコピーをつけて売りましょう。それをやらせてくれないなら、この仕事は受けられません』と伝えました。また、これまでお米を包んでいた綺麗な和紙も嘘くさい。本当に収穫したてのお米は和紙なんかに入っていないんです。『生産者と消費者を近づけたいという会社の理念と合っていないでしょ?』ということもお話しして、包装紙も新たに変更しました」 広告費をかけられないのなら、店頭をコンタクトポイントに、パッケージ自体をメディアに。そんなアイデアからはじまったリニューアルプロジェクトは好評を得て、売り上げも順調に推移しているそうです。

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オリジナルアイデアを論理的に展開。

最後に、目立つアイデアをロジカルに展開する大切さについて。講師を務める宣伝会議「コピーライター養成講座」では、生徒たちに対して話題になるカフェを考え、コンセプトに基づいてネーミングとオープンのDMをつくるという課題を与えていらっしゃいます。 「キャッチコピー自体はたまたまでも良い作品ができることがある。だからそれだけに対して良かった悪かったと論じてもあまり意味がないと思うんですよね。それよりもロジカルにアイデアを展開する方法を身につけることが大事です。宣伝会議の授業はまず、カフェのコンセプトづくりから。広告というのは他と違うこと、目立つことをしてなんぼですから、最初に面白いカフェのコンセプトを作ってもらいます。それからそのコンセプトに合致するネーミングを考え、コピーをつけ、DMを企画する。多くの生徒がDM=ハガキと考えてしまいますが、それに囚われてしまうと、途端につまらなくなってしまいます。もしも墓場カフェという店を考え、ネーミングを『カフェ十字架』にし、コピーが『フランケンさん、待ってます』で、DMを棺桶にしました、という生徒がいたら満点をあげます」(田中さん)
他にないオリジナルなアイデアから出発し、DMまで論理的に展開し、かつ広告として目立つという目的を達成することが大切だとおっしゃる田中さん。一本のロジカルな線でつながり、最後にきちんとコンセプトのもとへ着地するというクリエイティブの基本を改めて学ぶことができました。


この日のトークイベントは2時間あまり。ここにご紹介した以外にも田中さんがコピーライターになった経緯(まさに青天の霹靂だったよう)や、独立半年間の苦労話(今のご活躍からは想像もできませんでした)、複数の仕事を同時並行で進める技(毎日少しでもそれぞれの仕事にあてる時間をつくることで、トータルの思考を深めるそうです)、若手ライターの勉強方法(コピー年鑑ではなく、広告やマーケティングの本をたくさん読むべき)など、たくさんのお話を披露していただきました。また、エピソード一つひとつが、毒っ気とユーモアが絶妙にブレンドされていて、あっという間の2時間でした。
参加者の皆さんからも「山中さんと白井にもっと怒られてほしかった!」というお声をいただきつつも、ご満足いただけた様子。本イベントの続編をする時には、もっと盛大に怒られようと思います。

『モノカキモノ会議』ではこうしたイベントを定期的に開催していく予定です。この日、お会いできなかった皆さまもぜひお気軽にご参加ください。今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。